社交ダンスを教えるということ
2017-05-16(第3766話)社交ダンスを教えるということ vol.15 実学・教師を育てる(10)~存在の教育は「手取り・足取り」~
前回の続き。
「違和感について、本気で話し合う」
効果は、驚くべきもんだった。
結果、
劇的な変化を目の当たりにした。
ヒデ君という「存在」が、変わっていったのだ。
言動だけでなく、姿勢や顔つきまで、変わった。
ヒデ君を包む、気配が、大きく変化したんだ。
ワタシは、思い知らされた。
人が、
「変わりたい。
本当の自分になりたい」
と願い、
教師が、それに応えるべく、
「わかった。
一緒にやっていこう」
で、やるべきことは、コレなのだ、と。
コレとは、何を指すか?
「手取り、足取り」の教育、だ。
して、何に対しての教育か?
ズバリ、
「存在」だ。
つまり、
存在に対する教育は、
「手取り・足取り」するべき、なのだ。
一方 、
行動に対する教育は「手取り・足取り」は、必要ない。
本人に、任せる、見守る・・といったやり方が良い。
大事な点・・・
存在に対する教育を怠り、
行動に対する教育のみを行うと、
モロモロ問題を生む
「手取り・足取り」否定論の、
本当の意味はここにあると、ワタシは考える。
(第3760話参照)
さぁて、言ってる意味、わかるかなぁ。
ワタシが、このこと知ったのは、
他ならぬ「ヒデ君との話し合い」を通してだ。
半年間
そうとは、気づかずに
「手取り・足取り」
存在に対する教育をやってきたというわけなのだ。
「変わりたい」
と、願っていた、ヒデ君。
「変わるためには、どうしたらいい?
何をしたらいい?」
と、問うてきた。
ワタシは、その度にこう答えた。
「何をしたいか?」
ではなく、
「どう在りたいか?」
について、考えなさい。
「何をしたいか?」
は、行動だ。
「どう在りたいか?」
は、存在だ。
ヒデ君は、最初
ワタシの質問の意味がわからなかったようだ。
「何をしたいか?」
について指導し、答えを言ってくれたら良いのに。
その方が、手取り早く、
変わることができるだろう、に・・・
ワタシは言った。
「どう在りたいか?」
について考えることで、
「そう在るためには、何をしたらいいか?」
が、ようやく見えてくる。
行動だけを変えても、それは、表面をいじるに過ぎない。
人は、本当には、変わらない。
存在を変えないと、
人は変わらない・・・と。
半年間
「ヒデ君、あなたが変わらないのは、
あなたの行動に“問題”があるからよ。
でも、行動に“問題”があるのは
あなたの“存在”に問題があるからよ」
これに沿って、
教育をやってきたってわけ。
驚くべきは、
ワタシ自身も同時に「教育」を受けたということだ。
ポイで逃げ腰、
弱気な教師という存在を変えるための教育だ。
(第3762話参照)
上記
ヒデ君の部分を、
ジュンコに置き換えるとよくかるってもん。
「ジュンコさん、あなたが変わらないのは、
あなたの行動に“問題”があるからよ。
でも、行動に“問題”があるのは
あなたの“存在”に問題があるからよ」
教育とは「共学=共に学ぶこと」だ・・・と、
実践を通して知ったのだ。
ミニ・ミニ ボイス
“大阪”に戻ってきました。
ヒデ君
ミキヒコさん
そして、
ワタシ
3人3様ではありますが・・・
変革の時を迎えています。
パワーアップを要するため
急遽
「主」に会いに行ってまいります。
(第3654話参照)
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