エッセイ
2016-01-29(第3293話)チョット中休み エッセイvol.125 社交ダンスが上手くなる教室・展望(7)~認知症の母との対面、最後の時間〜
前回の続き。
久しぶりに観る、母。
認知症になってから、初めての対面だった。
髪を短く切り、ぽかんとした顔つき。
想像していた通り、もう、母ではない。
別人・・・
が、見ようによっては、
変わっていない風にも見える。
面影は、ちゃんと残っているからだろう。
覚悟を決めていたせいか、
ワタシの心は、落ち着いていた。
ベッドサイドの椅子に座り、顔を覗き込む。
「お母さん、わかる?
ジュンコ」
しっかりと目を合わせ、
自分の鼻を指差しながら、大きい声で言った。
すると・・・
「あぁ、ジュンコ」
認識できたようだ。
もう一度、大げさに喜びながら、言った。
「よかった、わかってくれて。
ジュンコやで、ほんまに、覚えてる?」
「覚えているよぉ、ジュンコやろ?」
母は、笑った。
柔和な顔、だ。
小さな子供のようだな、と思った。
ミョーな言い方かもしれないが、
愛らしく、かわいい。
ワタシは、少々愉快になって、
ヒデくんの方を指した。
「お母さん、この人、誰かわかる?」
じーっと見つめてから
「わかれへん」
「なんでぇ!?
お母さん、思い出して。
ヒデくんや、わかるやろ?」
すると、母の口から、
とんでもない言葉が飛び出した。
「カレシ。
ジュンコの彼氏や」
「彼氏って、なにやの?」
「ともだち」
ヒデくん、苦笑。
ヒロコはゲラゲラ笑っている。
母は、ベッドに横たわり、
酸素マスクもしているが、
意識もあるし、元気そうにさえ、見える。
父と同じくらい悪いと聞いていたが、
(父とは)全く違う。
ヒロコは、ワタシの気持ちを察したように言った。
「これでも、すごい悪い状態やねんで。
呼吸レベルも、ほぼ、お父さんと一緒」
母の両手には、
白い大きなミトンがはめられていた。
手首の部分でしっかりと絞り、
容易にとれないようになっている。
「点滴とか、酸素マスクとか、
外そうとするから」
と、ヒロコ。
母は、このミトンが気になって仕方がない。
「気持ち悪い。
外してちょーだい」
眉間にしわを寄せながら、悲しそうに、懇願する。
「お母さん、ごめんね、外されへんねん」
と言うや、
「なんでぇ〜な。
外してちょーだい」
幽霊みたいに、手をだらりとしながら、恨めしそうに
「外してェ」
を、繰り返す。
ヒロコは、その様子に爆笑だ。
「ソコ、笑うとこ、違うやろ?」
が、ワタシもつられて笑ってしまった。
「さっきから、もう、笑すぎで、お腹痛いわ。
いっぺんにストレス発散できたわ」
意味のある笑いだったようだ。
母は、誰も自分の願いを聞いてくれないとわかるや、
自力でなんとか外そうと試み始める。
両手をこすり合わせたり、
(ミトンを)膝にはさんで引っ張ったり・・・
ものすごい力だ。
どこに、こんな力があるのだろう?
本当に、危篤状態なのだろうか?
「病は氣から、って、よう言うたもんや。
お父さんは、氣が先に参ってしもうた。
お母さんは、自分のカラダの状態を認知してないから、
元気や」
ヒロコが言った。
母は
「とってぇ」
「外して」
ミトンにこだわり続け、エネルギーを消耗・・・
看護師さんが、やってきた。
「ご家族の方が、
両方から手を握っておいていただけるなら、
はずしてみましょうか」
右手をヒロコ、左手をワタシが担当することになった。
穏やかな顔に戻った母は、昔の話を語り始めた。
おじいちゃんのこと、おばあちゃんのこと
お父さんのこと
そして、自慢の2人の娘のこと・・
「お母さん、その娘って、
ここにおるで(ここにいるよ)」
「誰やったかいな?」
「ジュンコやん!」
「あぁ、ジュンコか。
ジュンコは、ナニをやらしても、
真面目によう頑張る子、やった。
ヒロコとは違う」
「なに、私の悪口言うてんの(笑)」
母と2人の娘。
ゆったりと流れる、特別な時。
これが、意識のある母との最後の時間となった。
最終電車の時間が迫る。
ヒロコが、口を開いた。
「お母さんには、お父さんのこと、言うてない。
でも、お父さんは、お母さんに、会ったと思う。
そやから(だから)おそらく、今晩やと思うわ」
今晩、父が息を引き取る、という意味だろう。
「俺が残るわ」
ヒデくんが、申し出た。
二人で、話しあう。
決断、した。
明日のレッスンに気持ちを合わせるべく、
ワタシは引き上げることになった。
父には、ヒロコが、
母には、ヒデくんが、
それぞれ付き添うことになった・・・